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♦♦♦♦♦♦♦♦♦北條不可思​​​"Song & BowzuMan”『歌うお坊さん』ブログⅠ・愚螺牛雑感記《Blog officiel de Singing monk》

"Song & BowzuMan”since 1981 & ENBAN “縁絆・野聖物語” concert endlesstour since 1996

"Song & BowzuMan”★ June 2022#Ⅲ💎"No more Hiroshimas."💎唯信◆2022(令和4)年6月号『濁世の起悪造罪は 暴風駛雨にことならず 諸仏これらをあはれみて すすめて浄土に帰せしめり』高僧和讃:道綽讃{親鸞聖人御作}



May 2022-#Ⅲ
【この穢愚身 唯今ここに 帰命尽十方無碍光如来】
北條不可思/法名:釋難思



"No more Hiroshimas."
IMAGINE&Blowin’in the Wind With JION's bell

by Fukashi Hojo "Song & BowzuMan” 
『イマジン』&『風に吹かれて』そして尊厳の鐘(北條慈音)
『思いを馳せよ』​​​
ジョン・レノン『イマジン』より
2006年作
by 愚螺牛
思いを馳せよ
国々を隔てる境界線が存在しないってことに。
難しくない
今すぐできることだろう?
境界線がなければ、
殺す理由も 殺される理由も存在しない。
宗教でさえ、存在する意味がない。
思いを馳せよ
すべての人々が、
歴史を 文化を 伝統を
性別を 国籍を 血脈(ちみゃく)を
肌や髪や瞳の色の概念を 越えて、
逃げ惑わない暮らしの中で 命を生きることに。
人は 私を『夢追い人』と決めつける。そうだろう?
しかし私は、ひとりぼっちじゃない。
孤独な空想に身を沈めている訳じゃないんだ。
いつの日か あなたも この輪に加わってくれるだろう?
いつでも そう願っている
そのときこそ
世界は あるがままに ありのままの姿で
地球とともにまわるだろう。
『Blowin' in the Wind』​
1962
BOB DYLAN
(Japanese poetry by © Fukashi Hojo)
How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, ;n; how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, ;n; how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin; in the wind,
The answer is blowin; in the wind.
どのくらい道を歩いたなら 独立できるのか
いくつの海を飛び越えたら 自由になれるのか
何度橋を渡ったなら 願いが届くのか
その答えは友達よ 風に吹かれている
その答えは友達よ 風に吹かれている
*
どのくらいテロを続けたら 憎しみの心が消え去るのか
幾たび報復を繰り返せば 恨みの心が安まるのか
何度傷つけ合ったなら 傷つかない世界が来るのか
その答えは友達よ 風に吹かれている
その答えは友達よ 風に吹かれている
The answer, my friend, is blowin; in the wind,
The answer is blowin; in the wind.
​過ちを繰り返す 涙の河を超えて​
The answer, my friend, is blowin; in the wind,
The answer is blowin; in the wind.
(日本語詩・北條不可思)

「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、
ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息む。
これは永遠の真理である」仏陀釈尊
『ダンマパダ』『法句経』(ほっくきょう)より
"No more Hiroshimas."
南无阿彌陀佛:NAMOWAMIDABUCHI
北條不可思:法名 釋難思

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唯信◆2022(令和4)年6月号

謹みて 有縁の皆さまにおかれましてはお念仏ご相続の事と拝察申し上げます。近々相模原も梅雨入りでしょうか。日々のニュースが酷すぎて、お聖教(しょうぎょう)を開く時間が増えました。

    

濁世じょくせあくぞうざい

暴風ぼうふうにことならず

諸仏しょぶつこれらをあはれみて

すすめて浄土じょうどせしめり


高僧和讃:道綽讃{親鸞聖人御作}

 

【意訳】さまざまな濁りにみちた世で悪事を犯し罪をつくることは、まるで襲い来る暴風や豪雨、にわか雨のようである。あらゆる仏がたはこのようなものを哀れんで、浄土の教えに帰依するようお勧めになっている。          

(出典『三帖和讃』浄土真宗本願寺派編)

駛雨…にわか雨

    *

 親鸞聖人さまは、五濁悪世で生きる「私」が、五戒や十善を守れず悪い行いをし、罪を重ねることを、暴風が吹き荒れたり、にわか雨が降るようなものだと明らかにされ、だからこそ、阿弥陀仏の救いの目当ては私たちにこそ差し向けられているとお示し下さいます。

 偏見かもしれませんが、〝より良い進歩〟だと自分以外の誰かに評価されないと社会的に肯定されないと理解しています。自分以外の誰かとは、先生や友人、先輩や後輩、上司や部下、時には、親や配偶者、兄弟姉妹や親類縁者です。深いご因縁で結ばれた六親眷属であっても互いに評価し合ったり、時に一方的に批判してしまいます。過干渉にもなれば、存在の否定さえも起こり得ます。それでも人は、他者との関りを断ちがたいものです。

どんな状況でも「私」を見失わないために細心の注意を払って見つめるべきは、我が心の有りようです。親鸞さまがお示しの通り、私の煩悩が絶え間なく湧いて私自身を揺さぶります。誰かが因となって「私」を揺さぶり、この「私」自身が因となり誰かを揺さぶることもまた事実です。

そして、この「私」に煩悩を滅する力量はありません。いかなる感情を押し殺したとて我が身は欺けません。抗うことに限りある命を費やすのは虚しいことです。だがしかし、私はいつも新鮮な、驚きにも似た感動を覚えるのですが、阿弥陀仏は、煩悩にまみれて苦しみ、決して煩悩を断ち切れない「私」を必ず救うとお誓い下さいました。


《月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ》 法然聖人


私共は誰もが命を恵まれて生まれ、その誕生の瞬間から病死(しょうろうびょうし)と向き合う存在となります。なんと心細い境遇でしょう。だが、弥陀本願の光明に照らされて生きるひとすじの道があります。矢尽き弓折れ心砕かれても、「我をたのめ必ず救う」弥陀の本願他力の御恩徳に導かれて共に歩く御同朋(おんどうぼう)がおられます。人を不寛容だと責める不寛容さが寛容をより理解している証しであるかのような本末転倒に、尊い人生の時間を費やしてはなりません。日常生活が壊れるような自然災害が起きないことを願いますが、こればかりは人の手には負えません。しかし、弾丸や爆弾が人の意志で発射されるなら止められるのではないでしょうか。悲しい出来事は繰り返されていますが…。信仰は道徳を超えているといわれます。この私にかけられている阿弥陀さまの大慈悲心はどこまでも深く限りなく弘(ひろ)いのです。有り難いことです。         

                                                                           

合掌称佛

住職  北條不可思






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https://note.com/dabuchi39180428/n/ncac4303476a9


枯れ葉の願い 1981-2022

謹みて
心静かに八万四千といわれるお釈迦様の説教の中から、出世の本懐である「本願他力のみ教え」
浄土の法門、阿弥陀如来様の智慧と慈悲のお心を頂き、私共の一生をよくよく見つめてみれば、もはや、修行と学問を修め、成仏の証を完成できない末法の世にあって、まさに人の命は儚いもので、生涯の始まり、中頃、終わり、すべては夢、幻のようなものであります。 すなわち、人間にして一万歳の寿命を受けたということを知りません。一生は過ぎやすく、未だに誰か百年、二百年も生き長らえた人がありましょうか。死というものは、自分が先か、他人が先か、今日か明日かも分からず、自分より遅れたり、先に死んでゆく人は、木の葉につく雫や露よりもなお多いといいます。しかるに、朝には紅色の顔をしている若者が、もう夕方には死んで白骨になることも、また、事実であります。 まさに、死に至る縁は無量であります。 早くも無常の風が吹いてくれば、ふたつの眼はたちまちに閉じ、ひとつの息は永久に絶えてしまいます。紅色の顔は虚しく変わって、桃の季節のような美しい姿も消えてしまいます。
 その時に至って、親、子、夫婦、兄弟姉妹、師匠、弟子、知人、友人など、縁有る人々が集まり嘆き悲しんでも、元に戻ることはありません。これをお釈迦様は「諸行無常」と申されました。
そうそう悲しんでもいられず、野外におくって火葬にふせば、そこには唯、白骨のみ残ります。哀れといっても言い切れないほどの悲しみ、虚しさ、儚さ、さびしさであります。 我等が命の儚さは、老人が先か若人が先か、子供が先か、病の者が先か、健康な者が先か、全く分かりません。その答えは風に舞っているが如くであります。こい願がわくば、誰もがはやく、命の尊厳と真の誇りに目覚め、お釈迦様が説教くださる、大無量寿経の教説《阿弥陀佛の大いなる悲願》を心の拠り処とし、「南無阿弥陀佛 ナマンダブ」と念佛を称えつつ、仏教の教えには無い、占いや、まじない、たたり等といった迷信、邪教、外道に迷うことなく、与えられた今日の日をありのままに生き抜き、名残惜しくとも、この世の縁が尽きて生きる力がなくなり命終わるとき、限りない真実の智慧と慈悲の佛様の心の世界、西方阿弥陀佛国土へ往き生まれるのであります。これを浄土真宗において「往生浄土」と戴きます。
愚生は、罪業深重にして、学浅く、禿(カムロ=ザンバラ髪の意;愚生は現在巻き毛)の穢愚身無戒名字の念佛の僧侶ではありますが、命がけの尊いご縁を賜った皆様へ筆を取り、心を込めてお便りさせて頂きます。
 この文章は、混乱混迷の時代に人生を歩む私共へ、善人、悪人、性別、年齢を問わず、学問知識、名誉地位財産の有無を離れ、「阿弥陀如来の本願を信じ、念佛申うさば無条件に佛になる」と示され、在野に生き、『野の聖』と呼ばれ、和国・日本佛教の歴史のなかで異彩を放つ浄土真宗宗祖・親鸞聖人の御本意、『教行信証』『歎異抄』の一節を加え、本願寺第八代蓮如上人の『白骨の御文章』を取意自釈し、法話にかえて書き記させて頂きました。
 どうぞ、この佛縁によって、火宅無常の世界を乗り越えさせていただき、いよいよ眞実(マコト)の絆となりますよう心から念じております。            

~弥陀の本願に境界線はありません~
 南無阿弥陀佛
-1981年親鸞聖人報恩講を機縁に― 

浄土真宗本願寺派(本山/京都・西本願寺 東京首都圏・築地本願寺)
 眞信山蓮向寺・当麻九坊院・ 住職 北條不可思(法名 釋難思) 2022



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♦北條不可思CD作品制作一覧♦
(Song Collection Album)1994~2023







『今日の日は永遠の今』

1981年作品

作詩・作曲 北條不可思



呈上


恩師​​はやし水月すいげつ和上わじょう

​​​​浄土真宗本願寺派(西本願寺) 勧学​​​

​​​​​​​京佛教学院​​​​​ 講師​​​:築地本願寺内

​​【中国新聞社:広島 元論説委員】


『犬はワン、ネコはにゃん。私はなんまんだぶつとなくんじゃね-』

『どんな時でも、衆生:シュジョウと出てきたときは《この泥凡夫のわたくし》といただくのですよ』

恩師 林水月和上の常のお言葉です。

♦洗脳なのか、洗心なのか、我がはからいではどうにもならない♦


41年を経ても忘れられない。

NAMOWAMIDABUCHI

f・HOJO 2022年

​​​​​『野聖物語~我が心の親鸞聖人』 ShinranShonin of my mind2009年発表】に収録
https://note.com/dabuchi39180428/n/ncb2fec7e0055

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南无阿彌陀佛

NAMOWAMIDABUCHI

NAMOAMIDABUTSU

『心に慈慧の響きと平安を』

北條不可思

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IMAGINE&Blowinin the Wind With JION's bellby Fukashi Hojo

『イマジン』&『風に吹かれて』そして尊厳の鐘(北條慈音)


​​​​​​​IMAGINE&Blowin’in the Wind With JION's bell★by Fukashi Hojo# 2020
http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-709.html



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PhotographyCopyright©(石原秀樹)JAPAN

"Song & owzuMan”since 1981

&

ENBAN 縁絆・野聖物語 concert endlesstour since 1996

Footprints


 






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"Song & BowzuMan”39BOOK pecial CD

《歌嘆骨音:KATANKOTON

draft  



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​​​​現代和讃を謡う吟遊詩人へ​​​

​​​​​​メッセ-ジ フロム 三國 連太郎​​
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  1. 2022/06/21(火) 10:43:00|
  2. 未分類
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プロフィール

Song&BowzuMan

Author:Song&BowzuMan
《心に慈慧の響きと平安を》
  ❝Song & BowzuMan❞
    since 1981

縁絆&野聖物語
メッセージコンサート~1996
ENBAN&YAHIJIRImonogatari 
concert endlesstour
since 1996

縁絆・野聖 Endlesstour 
眞信讃歌 18minute
since 2019
*

北條不可思【愚螺牛・華思依】
ほうじょうふかし
【ぐらぎゅう・かしい】
法名/釋難思(しゃくなんし)

広島県出身【三次生まれ呉育ち】

1961年10月14日生〔60歳〕

浄土真宗本願寺派・僧侶
シンガー・ソングライター

1981年10月15日〔20歳〕
得度
(法名・釋難思/シャク ナンシ)

浄土真宗本願寺派
(本山・西本願寺)
http://www.hongwanji.or.jp/

浄土真宗本願寺派
東京首都圏都市開教専従主管
(1986~2005)
:西本願寺相模原布教所:
(築地本願寺内)
http://tsukijihongwanji.jp/

浄土真宗本願寺派・
眞信山蓮向寺住職(1991~)
http://renkoji.org/

****************

REV.FUKASHI guragyu HOJO
Shaku Nanshi(Priest Name)
【Born】
October 14, 1961
Hiroshima, JAPAN.
【Years active】
1981-modern times
Song&BowzuMan
singer-song writer 
Priest(Shin-Buddhism,
Pure Land Buddhism)
JODO SHINSHU
   HONGWANJI-HA
NISHIHONGWANJI:KYOTO
http://www.hongwanji.or.jp
/english/teaching/

TSUKIJIHONGWANJI:TOKYO
(English Dharma Service)
https://tsukijihongwanji.jp
/lecture/saturday-english-service/

SHINRAN-SHONIN
( 1173 – 1263)
◇****◇****◇****◇


◇****◇****◇****◇
おかげさまは
  ありがとうの生みの親

この穢愚身
  唯今ここに
   帰命尽十方無碍光如来 
 
 NAMOWAMIDABUCHI
    
    北條不可思
    (釋難思)

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