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♦♦♦♦♦♦北條不可思​​​"Song & BowzuMan”『歌うお坊さん』ブログⅠ・愚螺牛雑感記♦♢♦

"Song & BowzuMan”since 1981 & ENBAN YAHIJIRIMONOGATARI  🔷♦🔶“縁絆・野聖物語” message concert endlesstour since 1996🔷♦🔶{道化の涙は彌陀の慈悲・物語の終わりに夜明けの詩を歌う}🔷♦🔶🔷♦🔶🔷♦🔶

♦唯信:九坊院より言の葉だより♦​​​​​♢和讃の時間;Time of WASAN ♢​​​​​Me​ssage from KUBOUIN 💎YUISHIN💎♦枯れ葉の願い♦ 🔶1981年親鸞聖人報恩講を機縁に🔶 このメッセージレターは、北條不可思が住職をつとめる 浄土真宗本願寺派 眞信山 蓮向寺【相模原市當麻九坊院】 有縁の方々にお送りいたしました通信です。



Silk Road

敦煌

撮影:北條大慈
PhotographyCopyright © DAIJI
 HOJO JAPON




​​​​​唯信:九坊院より言の葉だより♦ ​​
​​​Me​ssage from KUBOUIN
💎YUISHIN💎

♢和讃の時間;Time of WASAN ♢

写真


唯信◆2024(令和6)年 3月号 

唯信◆2024(令和6)年3月号

謹みて 有縁の皆様におかれましてはお念仏ご相続の事と拝察申し上げます。年明け早々より心落ち着かぬ出来事が続きました。しかし、世は混乱混迷にあっても、気候の変動は激しく心身の調子が良かろうとも悪しかろうとも、阿弥陀さまのお慈悲の中で活かされて生きている命です。

暦も弥生の頃となり、今月は春彼岸をお迎えします。

 *

自力聖道の菩提心        じりきしょうどうのぼだいしん

こころもことばもおよばれず /こころもことばもおよばれず

常没流転の凡愚は        /じょうもつ るてんのぼんぐは

いかでか発起せしむべき   /いかでかほっきせしむべき


{正像末浄土和讃:三時讃}


【意訳】自力聖道門のさとりを求める心は、思いはかることも言葉に表すこともできない。常に迷いの海に沈み、生まれ変り死に変りし続ける愚かな凡夫に、どうしてそのような心をおこすことができるであろう。


自力(じりき)…自分の力で善根を修め、さとりを開こうとすること。

聖道門(しょうどうもん)…自力の修行によって、さとりを開くことをめざす教え。

浄土門(じょうどもん)に対する語。

凡夫(ぼんぶ)…愚かなものの意。真理にくらく、煩悩に束縛されて、迷いの世界を輪廻するもの。      

(出典『三帖和讃』浄土真宗本願寺派編)


 すでにご承知のとおり、親鸞聖人さまは九歳で出家得度され二十九歳で比叡山をおりられるまでの二十年間、自力聖道門での修行に身を尽くされておられました。私自身は浄土真宗本願寺派の他力浄土門の僧侶としての経験しかないので、自力聖道の求道の尊さや険しさを正確に理解することは出来ません。例えば、体験宿泊などのテレビ映像を眺めながら、一泊二日の体験の延長線上に本来の修行修学があるとは思えない程度の理解しかありません。しかしながら、聖道門における仏道に身をおきながら、その道にさとりに至る道を見いだせなかった親鸞さまの苦悩と苦痛さらには癒しようのない失意と絶望の一端を想像することは出来ます。

 この御和讃には、幼少の頃より仏縁を得て、我が身を捧げて修める行と学びに歳月を重ねて過ごして来たはずなのに、修行と学問で〝さとり〟に至る証(あかし)を完成できなかったご自身への深い悲しみが宿っていると思えてなりません。歩くべき道として示された道を歩けないと知る悲しみ。『誰』かではなく『私』のさとりへの道ではないと知る苦しみ。親鸞さまの語られる『凡夫』の鮮明な姿に思いが至ります。

 しかしながら、その深い悲しみ絶望は新たな扉を開く鍵となりました。不可思議なるお導きを得て法然聖人さまとの出遇いで本願他力廻向の念佛のみ教えに帰依されました。


決して二者択一で選んだのではありません。自力と他力のいずれかが優れているという問題でもありません。自力の修行修学に遠く及ばない凡夫としての深い自認(自己認識)があったからこそ、「この私」のために絶対の救済、誓願成就の阿弥陀佛の無量無辺の智慧と慈悲の船に乗せて頂くという唯一無二の道を歩かれました。『船』こそが沈むほかない我が身を苦悩の此岸と西方浄土を渡す阿弥陀如来さまの悲智の願船であると信知され、後の世に生まれた私たちにもその道をお示し下さっています。尊く有難い蓮に向かう道です。                                 

              

                                 合掌称佛

住職 北條不可思


難思の弘誓は難度海を度する大船

顕浄土真実教行証文類

総序より



 


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唯信:九坊院より言の葉だより

このメッセージレターは、北條不可思が住職をつとめる

浄土真宗本願寺派眞信山 蓮向寺

【相模原市当麻・九坊院】 有縁の方々にお送りいたしました通信です.


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白道の願船

DrawingCopyright © 1986 CASSIE

『野の聖』1986年 Drawing By Fukashi Hojo :cassie

知人曰く: 「陽の沈む西方に向かう白道を歩いているようにも、

船に乗り海を渡り西方に向かっているようにも見える」そうだ。



野聖:YAHIJIRI 


                      


  1. 2019/01/16(水) 16:53:00|
  2. 未分類

プロフィール

{}Song&BowzuMan:北條不可思{}

Author:{}Song&BowzuMan:北條不可思{}
     ♦♦♦♦♦

《心に慈慧の響きと平安を》
  ❝Song & BowzuMan❞
    since 1981

縁絆&野聖物語
メッセージコンサート~1996
ENBAN&YAHIJIRImonogatari 
message concert endlesstour
since 1996

縁絆・野聖 Endlesstour 
眞信讃歌 18minutes
since 2019
*

北條不可思【愚螺牛・華思依】
ほうじょうふかし
【ぐらぎゅう・かしい】
法名/釋難思(しゃくなんし)

広島県出身【三次生まれ呉育ち】

1961年10月14日生

浄土真宗本願寺派・僧侶
シンガー・ソングライター

得度
1981年10月15日
(法名・釋難思/シャク ナンシ)

浄土真宗本願寺派
(本山・西本願寺)
http://www.hongwanji.or.jp/

浄土真宗本願寺派
東京首都圏都市開教専従主管
(1986~2005)
:西本願寺相模原布教所:
(築地本願寺内)
http://tsukijihongwanji.jp/

浄土真宗本願寺派・
眞信山蓮向寺住職(1991~)
http://renkoji.org/

****************
{因縁生起の物語}
樹木が御因縁有って
御仏像となり御経本御念珠となり
新聞・マガジンともなる
箸とも橋ともバットとも
トイレットペーパーとも
等々
親しみのあるGUITARともなる
🔶

よくよく見つめてみれば、
我がはからいを超越した
わたくしにとりての御因縁の
物・事・はたらきが身心に染み入る
おかげさまでありがたいのです。
🔷

無縁の大悲
彌陀因縁法の恩徳
知恩報徳
これに過ぎたる御因縁無し
ライスワーク・ライフワークをこえた
不可思議の功徳が身に満ちる

ENBAN:縁絆 “彌陀の本願を縁じ、念佛を絆ず”
~この逆謗の穢愚身、唯今ここに帰命尽十方無碍光如来~

南无阿彌陀佛
NAMOWAMIDABUCHI

「本願を信じ
念仏を申さば仏になる」
親鸞聖人
🔷歎異抄第12章より🔷


♦1981年 得度を機縁に♦

親鸞聖人が表現し体現された
非僧非俗{愚禿}の精神と風格を仰ぎ
無位無官、在野の僧侶としての
活動【生活】を基本とし
・・・

実際の日暮し【生活】において
つまる者となろうとする心を見限り
つまらん者となりて、
念佛を申すものとなる
親鸞聖人が表現し体現された
非僧非俗{愚禿}の
精神と風格を仰ぎ
無位無官、在野の僧侶としての
活動【生活】を基本とし

・・・

実際の日暮し【生活】において
つまる者となろうとする心を見限り
つまらん者となりて、
念佛を申すものとなる

♢これ程難しい事は無い♢

転じせしめられれば

♢これ程易き事は無い♢


「本物」という独善的な偽物と
眞實との究極の対話かもしれない。
対決と言ってもいいのかもしれない。
他者は騙せても己は己から

逃げることは出来ない・・・
絶望的にごまかしは絶対にきかない。
・・・
・・・
1981年(昭和56年)得度を機縁に
あえて
"Song & BowzuMan
=歌うお坊さん"
Message Performing Artistとして、
真実の『縁』と『絆』
『命の尊厳』と『心の平安』を
キーワードに国内外で、
国境・人種・文化・信教・・・・
をも越えた
メッセージパフォーマンス
(コンサート、音楽講演)と
作品制作(CD・BOOK・etc)
を中心に
独自の音楽表現活動(ライスワークでも
ライフワ-クでもない)を展開。

2010年7月

心原性・小脳と脳幹の梗塞となるが、
九死に一生を得る。

現在唯今
様々な援助を頂きつつ、
在宅で一息一息を頂いている。
けして穏やかな日々とは
参りませぬが、
この生活
「おかげさまでありがとう」の
中から
不可思議光如来の
深い深い智慧と慈悲の
はたらきを味わいつつ
ひそかにひそかにひっそりと
詩い歌い続けている。
阿…・・・我が業です。


❖♦△○▢🔷◆♦♦♦♦♦🔶🔶🔶∞

****************

FUKASHI guragyu HOJO
Shaku Nanshi(Priest Name)
【Born】
October 14, 1961
Hiroshima, JAPAN.
【Years active】
1981-modern times
Song&BowzuMan
singer-song writer 
Priest(Shin-Buddhism,
Pure Land Buddhism)
JODO SHINSHU
   HONGWANJI-HA
NISHIHONGWANJI:KYOTO
https://www.hongwanji.or.jp
/english/activity/index.html

TSUKIJIHONGWANJI:TOKYO

💎SHINRAN-SHONIN💎
  (1173 – 1263)

◇****◇****◇****◇

{本願を信じ念仏申さば仏に成る}
      {歎異抄}第十二条

― 善人なほもつて往生をとぐ、
     いはんや悪人をや。―
       {歎異抄}第三条

    おかげさまは
  ありがとうの生みの親
  {信心正因 称名報恩}

   この逆謗の穢愚身
     唯今ここに
   帰命尽十方無碍光如来 
    
     合掌称佛
  NAMOWAMIDABUCHI
    
    北條不可思
    (釋難思)

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