北條不可思・愚螺牛雑記 2018~心に慈慧の響きと平安を~

"Song & BowzuMan since 1981”& ENBAN “縁絆” concert endlesstour since 1996

フォトドキュメント:現代和讃を謡う吟遊詩人へ メッセ-ジ フロム 三國 連太郎 (1994年)


現代和讃を謡う吟遊詩人へ

メッセ-ジ フロム 三國 連太郎 (1994年)

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-117.html


TVK (yokohama)/OSHABERI TOMATO:1987



いつの日か

 1994年発表

俳優・三國連太郎氏ヘ呈上

限定公開



現代和讃を謡う吟遊詩人へ

メッセ-ジ フロム 三國 連太郎 (1994)

 

北條さんの声と歌に、

言葉よりも音楽の方が心に浸透する力が大きいことを

実感させられてしまった

これは、現代の和讃ではないか。

つまり、今の言葉で、今の音楽で綴られた仏教讃歌だと感じたのだ。

 新しい文化の誕生と言ってもいい。

ところで、文化というと古めかしいものと思われがちだが、

現在の古典が誕生した時には、

 

すこぶる新鮮でセンセ-ショナルなものだったのではないか。

それがいつの間にか形骸化して、

真意が全然伝わってこないと感じてしまう。

とするなら、北條さんの歌、否、存在そのものが、

いまだかつてなかった稀有なものではなかろうか。

きっと<北條不可思>は、常に待たれていた存在だった。

だが、待っている側が待っている対象を明確に出来ないから、

 

結局自ら名乗りを挙げるしかなかったわけだ。

 俳優の僕は、演じる役を鏡に人間の、

しいては自分の愚かさや可愛さを見つめることを楽しんでいる。

 

己に忠実であるために降板するのはそのためだ。

北條さんは、そこを徹底したノンフィクションで

やりこなす強靭な人でもある。

だから、伝統教団の中にあって、

 

迎合せず異端にならず自分の言葉で語るなんていう

困難極まりないことができるのだ。

 

だいたいどんな組織でも、

体制の中でラクに生きることばかり考えているのだろうから。

 北條さんの存在は、言葉が言葉として魂を持っていることの、

 

命の通う言葉の存在の証のように思えてならない。

 私の大好きな渡辺えり子さん(作家、女優)は、

40を過ぎても6歳のごとき濾布を持っている。

まるで、生まれっぱなしの純粋さで

社会の出来事を濾過させているようだ。

北條さんにも、今の濾布を持ち続けてほしい。

そうやっていかれたら素敵な宗教者になられるという期待がある。

まずは、吟遊詩人のように弾き語り、

声をからして頂くのが一番ではなかろうか。

 

三國 連太郎

 

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メッセ-ジ フロム 新井 満 1994

 

小説を書く医師や教師がいる。

絵を描く主婦もいれば、陶芸をする映画監督もいる。

 

同時に様々な形で自己表現をしようとする芸術衝動を、

決しておさえこんではいけない。

なんとなれば自己表現とは生きることに外ならないからである。

僧侶・北條不可思の歌を聴いた。

 人生の謎と美と真実に一歩でも近づこうとして疾走する、

一人の男の歌を聴いた。

 

 新井 満


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推薦文

 

わが宗門より仏様のおこころを

歌にのせて一人一人のいのちへ

語りかける青年僧侶が登場しました。

仏様の限りない呼び声に

老若男女を問わず誰もが

いのちの尊厳に聞き入ることであります。

どうぞ一人でも多くの方へお伝え下さい。

 

浄土真宗本願寺派 総長 松村了昌 

1994年 平成6年4月6日


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このメッセ-ジは19946CDTEARS OF CLOWN・道化師の涙」

(日本クラウン/パナムレ-ベル)メジャーリリースに際し、

ライナーノーツとして

俳優・三國連太郎氏、作家・新井満氏に、

推薦文として浄土真宗本願寺派総長(当時)松村了昌師に、 

寄稿して頂きました文章です。

NAMO-AMIDABUTSU










  RECORDING 2008-/レコーディング:作品制 2008- 

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-248.html






遊牛の詩/ゆうぎゅうのうた

作詩・作曲・歌 北條不可思

演奏・北條不可思とカノ・バンド

(http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-221.html)

http://fukashihojo.com/

 1996年作 1998年発表 2006年再発表 2009年再々発表 

 from Jion  Music  Factory:Office AmitaHouse;

Produced by GURAGYU(愚螺牛)


野聖物語~我が心の親鸞聖人;Shinran-Shonin of my mind~ 2009年発表に収録

1yahijiritemp.jpg


【北條不可思/音楽表現活動メディア紹介】

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-252.html

『遊牛の詩』

1996年作)

【限定公開】

「歎異抄」

第三条を機縁に

― 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。―

official version

北條不可思



『遊牛の詩』は、Song&BowzuMan

"歌うお坊さん"北條不可思の代表作の一曲。


― 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。―


世界的に知られる

親鸞聖人語録「歎異抄

第三条の言の葉の放つ響きと

障害を持つ、息子・慈音との

生活の中からインスパイアされ

生まれ出でた詩曲。

北條不可思にとっての

 Like A Rolling Stone(BOB DYLAN)であり

恩徳讃歌でる。

もはや、歌とは言えないのかもしれない。

この一節は、《開き直り》の捨て台詞ではなく、

究極の帰依と信念と内省の発露の独白の言の葉と味わえる。

♢♢♢♢♢♢

『本願他力の意趣』(歎異抄第三条原文)

― 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや ―

http://plaza.rakuten.co.jp/fukashihojo/diary/200703080000/


歎異抄第三条 

【原文】

 

 

一 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。

しかるを世のひとつねにいはく、

「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。

この条、一旦そのいはれあるに似たれども、

本願他力の意趣にそむけり。

そのゆゑは、自力作善のひとは、

ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、

弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがへして、

他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。

煩悩具足のわれらは、

いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、

あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、

悪人成仏のためなれば、

他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。

よつて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。

 

【愚螺牛・取意】

  

善人ですら往生をとげる。まして悪人はなおさらのこと。

ところが世間の人は、「悪人ですら往生するのだから、

まして善人はなおさらだ」と言う。

 

この考え方は、一応もっともなようではあるが、

本願他力(浄土之真宗)の心の意趣意向には背いている。

その理由は、自分の力で善根を修め往生しようと思っている善人は、

阿弥陀如来の智慧と慈悲のはたらき(本願他力)を疑い、

そのままに頂けない人ゆえに、

弥陀の本願にかなってはいない。

 

しかし、そういう人も、わが身の善を信じ、あてたよりにし、

往生に役立たせようとする自力の心を捨て去り、

弥陀の本願を信ずれば、摂取不捨の働きにより、

真実の浄土の往生ができる。

あらゆる煩悩を身にそなえている我々は、

どんな修行・修学によっても、

生死の闇の迷いから離れ逃れることができない。

そのような煩悩具足の我らを憐れみ、

大悲大願をおこされたのが阿弥陀如来の本意であり、

悪人成仏のためであるからこそ、

自己を見限り、我がはからい(自力)を捨て、

弥陀の本願(本願他力)をたのむ悪人こそが

弥陀の本願の真の目当てであり、

本願他力こそ、真実の浄土往生の正しい因である。

 

それゆえ、善人ですら往生をとげる。

ましていわんや悪人はなおさらのこと。

・・・

 と親鸞聖人は独りメッセージされ、

それは今も耳の底に確かに聞こえる。




北條慈音/JION HOJO(ほうじょう じおん)

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-229.html


* On the white road *

 いつの日か帰る場所へと続く白き道(2001年)

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-23.html

*

北條不可思略歴詳細/Brief history 

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-240.html


北條不可思への質問/Question to FUKASHI HOJO

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-206.html



遊牛の詩 (以下歌詩掲載)


『遊牛の詩』

詩/曲 北條 不可思

(浄土真宗本願寺派:西本願寺 僧侶:シンガー・ソングライター)


1996年作


*善人なおもて往生す 

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい


+++++++


自由だ平和だ人権だと騒ぐ前に我々は何をしてる

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい


**毎日何かの命を喰らって生きてるくせに

 人間だけが一番エライと講釈、講釈たれる

ねずみに勝利を渡す牛になりたい 

ねずみに勝利を渡す牛になりたい

悠々と歩む牛になりたい 

悠々と歩む牛になりたい

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい


+++++++


明日ありと思う心の浅はかな愚かな己の精神よ

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい

福祉だ教育だ環境だと騒ぐ前に我々は何をしてる

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい

毎日何かの命を喰らって生きてるくせに 

人間だけが一番エライと講釈、講釈たれる


ねずみに勝利を渡す牛になりたい 

ねずみに勝利を渡す牛になりたい 

悠々と歩む牛になりたい 

悠々と歩む牛になりたい


Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい


*善人なおもて往生す 

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい


善人なおもて往生す 

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい


善人なおもて往生す 

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい


善人なおもて往生す 

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん 

このメッセ-ジが聞こえるかい


MUSICIAN


Guitar(acoustic&electric) 

Vocals-Fukashi Hojo 

Harmonica-Shaku Nanshi


:FUKASHI HOJO&CanoBand:

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-221.html


LINER
NOTES

Fukashi Hojo (北條不可思)
 

guitar,
acoustic and electric rhythm lead, harmonica , vocals 

Shoichiro
ashow Aso
(麻生祥一郎)

-
Drums percussion 

Yoichi
bassball Fujisaki
(藤崎羊一)

-
Electric bass & acoustic upright bass 

Yusuke
pianissimo Nakagawa
(中川雄介)

-Piano & Hammond organ 


Produced by GURAGYU:愚螺牛


Copyright © 1996,renewed 2009 

Special JION Music


『遊牛の詩』のための寓話;文・里寿(北條里恵)

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-126.html

Amitahouse&GURAGYU PRODUCTIONS

inspired TANNISHO

http://plaza.rakuten.co.jp/fukashihojo/diary/200605030000/

Tannishō【From Wikipedia;English」】

http://en.wikipedia.org/wiki/Tannish%C5%8D

Copyright © 1996 Special JION Music


:FUKASHIHOJO SONGS:

遊牛の詩「北條不可思楽曲作品集」

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-180.html

北條不可思 縁絆コンサート:フォトドキュメントリスト

ENBAN "縁絆" concert endlesstour PhotoDocumentaryList  

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-193.html 

野聖物語:眞信讃歌2009~

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-311.html

北條不可思への質問/Question to FUKASHI HOJO

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-206.html


Pohtography,Text,Poetry,Lyrics

Copyright © 1981- Special JION Music

Fantasia Records de JION MusicFactory

in association with ENBAN FUKASHI-NO-KAI

OfficeAmitahouse&VOW BREATH PRODUCTIONS


  

親鸞聖人大谷本廟750回大遠忌記念:献歌コンサート「恩徳讃歌」

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-194.html 

fukashihojo.com


  1. 2007/04/04(水) 00:40:00|
  2. 未分類

プロフィール

Song&BowzuMan

Author:Song&BowzuMan
“Song & BowzuMan”
 since 1981


ENBAN&YAHIJIRI 
concert endlesstour
 since 1996
 

CANO BAND
 since 2006


*

北條不可思【愚螺牛・華思依】
ほうじょうふかし
【ぐらぎゅう・かしい】
法名/釋難思(しゃくなんし)

広島県出身
1961年10月14日生まれ


浄土真宗本願寺派・僧侶
シンガー・ソングライター
1981年
浄土真宗本願寺派
(本山・西本願寺)
http://www.hongwanji.or.jp/
得度
(法名・釋難思/シャク ナンシ)

浄土真宗本願寺派
東京首都圏都市
開教専従員(1986~2005)
(築地本願寺内)
http://tsukijihongwanji.jp/

浄土真宗本願寺派・
眞信山蓮向寺住職(1991~)
http://renkoji.org/

****************

FUKASHI guragyu HOJO
Shaku Nanshi(Priest Name)

*

【Born】
October 14, 1961
(1961-10-14)
Hiroshima, JAPAN.
【Years active】
1981-modern times

Message Performing Artist
Song&BowzuMan
singer-song writer
(A priest and a musician)  
Priest(Shin-Buddhism,
Pure Land Buddhism)
JODO SHINSHU
HONGWANJI-HA
SHINRAN-SHONIN's750th MEMORIAL(2012)

★ Profile:プロフィール 詳細★

http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-34.html

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