北條不可思・愚螺牛雑記 2018~心に慈慧の響きと平安を~

"Song & BowzuMan since 1981”& ENBAN “縁絆” concert endlesstour since 1996

仏教タイムス 2017年(平成29年)8月3日号 やまゆり園事件1年 障がい者のいのちに向き合う②

仏教タイムス 2017年(平成29年)83日号

 やまゆり園事件1年 障がい者のいのちに向き合う②

 重度脳性マヒの息子と共に 心に差し込む光を求めて  

北條不可思住職 里恵坊守

 ボブ・ディランに憧れ、ロックを奏でる「歌うお坊さん」の先駆けとして80年代から活動していたのが、相模原市の浄土真宗本願寺派蓮向寺・北條不可思住職(55)だ。7年前、脳梗塞で倒れたがリハビリに励み、現在でもギターを手に歌い続けている。後遺症は残っているとのことだが、730日に坊守の里恵さん(53)と共に元気な様子で取材に応じた。

 同じ市内で発生したやまゆり園事件から1年を経て、北條氏は西条八十作詞・成田為三作曲の童謡「かなりや」を歌った。「唄を忘れたかなりやは 後ろの山に棄てましょか いえいえそれはなりませぬ」。このかなりやを障がい者に置き換えて聴いてほしい、という思いを込めてだ。(ユーチューブに公開中)。

 北條氏の息子、慈音さん(22)も重度の脳性マヒを背負っている。

 慈音さんは生後1年が過ぎた頃に脳性マヒと診断された。診断を受け、一度は歌うことを諦めた北條氏だったが、里恵さんと二人三脚の子育ての中で、歌に載せてメッセージを発したいという情熱がまた芽生えて再開した。「成長して、自分のために歌をやめたと知ったら、息子は悲しむかもしれない」という思いもあった。「善人なおもて往生す ましていわんや悪人はなおさらだ Oh My Son このメッセージが聞こえるかい」と歌う「遊牛の詩」は慈音さんに捧げた代表曲だ。当時の慈音さんは足の動きは良く、文字盤を使うなどしてコミュニケーションも活発で、楽しい生活だった。

 アメリカに家族で渡った時に、眼鏡をかけた女性が介助してくれたことが今でも心に残る。「一見、どこも健常者と変わらないようなその女性が、『私も障がい者です』と言うんです」。不思議に思っていると「この眼鏡がそうです」と告げられた。「慈音くんは車いすに乗っている。私は眼鏡がなければ何も見えない。重度かそうでないかという違いがあっても、障がいを持つということでは同じなんです」。だから助け合って生きるんだと女性は語ったという。これには衝撃を受け、いのちの平等性が改めて心に刻まれた。

 2011年夏、慈音さんは食べ物を詰まらせ、心肺停止状態になる。手術で一命はとりとめたが、現在は自宅で介護を受けている。それでも寺の生活は明るい。

 里恵さんは、慈音さんが保育園の頃に「お子さんのいい所は?」と尋ねられ、「生まれてきてくれたことです」と答えた。今もその心に変わりはない。

 やまゆり園の事件の一報を聞いた時、「じわーっと悲しみが広がっていった。怒りではなく悲しみが」と北條氏は振り返る。それは殺傷された人たちやその家族の直接の悲嘆だけでなく、植松被告の内面を含めて「人間って悲しいな」ということだった。「あの犯人は私だ、と自分に問いかけた人がいたでしょうか。あの愚かとしか言いようのないことを自分の問題として捉え、内省できたでしょうか」と問いかける。

 北條氏は「わがこころのよくて殺さぬにはあらず、また害せじとおもふとも百人千人殺すこともあるべし」という歎異抄の言葉を噛みしめる。「語弊を恐れず言えば、あの事件は、驚くべきものではなかった」と、植松被告だけではない、人間が普遍的に持つ悪の問題であると捉える。

 植松被告の「心の闇」は今でも取りざたされている。しかし「すべての生き物は光を求める。特に人は心の光を求める」と北條氏は確信している。迷い内省する心に差し込む光が宗教ではないかと述べた。

 横浜市内で開かれたやまゆり園の追悼行事に出席したやまゆり園家族会「みどり会」代表の大月和真氏は、記者に「植松被告を諭して、導いてあげられるお坊さんはいないのでしょうか」と打ち明けた。

 その問いにすぐに答えることはできなかった。しかし、北條氏が語る言葉には、植松被告にさえも「救い」があるべきかを、深く考えさせられた。(越高陽介)


国内外のメディアの方々には、音楽表現活動を進めていくにあたって、
言葉に尽くせぬ励みを頂いております。

活動を開始した当時は、宗教を問わず国内では、余興的なものを除き、
僧侶の立場で一般社会にシリアスなテーマをメッセージする方は少なかったと記憶しています。
  
現在においても困難な状況は変わっていませんが、言の葉に命を宿すと信じていく限り、詩曲に願いを込めて、歩み抜きたいと肝に銘じております。―愚螺牛―
 

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  1. 2007/03/16(金) 00:54:00|
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プロフィール

Song&BowzuMan

Author:Song&BowzuMan
“Song & BowzuMan”
 since 1981


ENBAN&YAHIJIRI 
concert endlesstour
 since 1996
 

CANO BAND
 since 2006


*

北條不可思【愚螺牛・華思依】
ほうじょうふかし
【ぐらぎゅう・かしい】
法名/釋難思(しゃくなんし)

広島県出身
1961年10月14日生まれ


浄土真宗本願寺派・僧侶
シンガー・ソングライター
1981年
浄土真宗本願寺派
(本山・西本願寺)
http://www.hongwanji.or.jp/
得度
(法名・釋難思/シャク ナンシ)

浄土真宗本願寺派
東京首都圏都市
開教専従員(1986~2005)
(築地本願寺内)
http://tsukijihongwanji.jp/

浄土真宗本願寺派・
眞信山蓮向寺住職(1991~)
http://renkoji.org/

****************

FUKASHI guragyu HOJO
Shaku Nanshi(Priest Name)

*

【Born】
October 14, 1961
(1961-10-14)
Hiroshima, JAPAN.
【Years active】
1981-modern times

Message Performing Artist
Song&BowzuMan
singer-song writer
(A priest and a musician)  
Priest(Shin-Buddhism,
Pure Land Buddhism)
JODO SHINSHU
HONGWANJI-HA
SHINRAN-SHONIN's750th MEMORIAL(2012)

★ Profile:プロフィール 詳細★

http://fukashi.blog50.fc2.com/
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