北條不可思・愚螺牛雑記 2018~心に慈慧の響きと平安を~

"Song & BowzuMan since 1981”& ENBAN “縁絆” concert endlesstour since 1996

【北條不可思/音楽表現活動メディア紹介】

【北條不可思/音楽表現活動メディア紹介】



現在までに、様々なメディアに紹介していただき、音楽表現活動を進めていくにあたって、言葉に尽くせぬ励みを頂いております。
活動を開始した当時は、宗教を問わず国内では、僧侶の立場で一般社会にメッセージする方は少なかったと記憶しています。
現在においても困難な状況は変わっていませんが、言の葉に命を宿すと信じていく限り、詩曲に願いを込めて、歩み抜きたいと肝に銘じております。―愚螺牛―




Copyright (C) RUDI VAN STARREX  AUSTRALIA  (ANA All Nippon Airways  Magazine)
(全日空機内誌/国際線版)September2000 No.375
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文藝別冊 総特集 ジョン・レノン 河出書房新社 2000年10月9日発行
Aya separate volume Total feature "John Lennon"
Kawaide Shobo Shinsha Issue on October 9, 2000



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《SPECIAL》 『Thanks THE PLAZA HOTEL new york』↓
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女性自身 光文社 平成13年3月20日号




BOSS 月刊ボス2005年3月号




毎日新聞 全国版 「ひと」1994年7月8日
Mainichi Shimbun/Nationwide version July 8, 1994




中国新聞(広島)「洗心」 2002年2月26日(取材・岩崎 誠氏)
Chugoku Shinbun/SENSHIN February 26, 2002




中国新聞(広島)2002年9月1日




中外日報/1998年10月31日 Chugainippoh October 31, 1998




読売新聞・相模版/The Yomiuri Shimbun Sagami version 




産経新聞・全国版/2002年9月1日
The Sankei Shimbun nationwide version September 1, 2002



読売新聞 「かるちゃあ かるちゃあ」1994年1月14日
The Yomiuri Shimbun January 14, 1994




産経新聞 夕刊/ 2000年11月29日
The Sankei Shimbun evening newspaper November 29, 2000
***本取材で、仏教精神を「オンリー・ワン」と英語的表現。その3年後、アイドルグループが日本中で歌っているのを見るにつけ、作者、歌手に特別な意識は無かったとは思うが、心から有り難く思った*** f.hojo




読売新聞 2002年11月26日
The Yomiuri Shimbun November 26, 2002




朝日新聞 京都版/2004年2月27日
Asahi Shimbun Kyoto version February 27, 2004
***浄土真宗本願寺派・宗学院別科の一年間の聴講を終え、宗学院別科三部作と名付けた「Blues for Buddha―大悲の詩―」「おかげさまで ありがとう」「茜雲~生まれ往く者へ~」の3曲の詩曲を書く。紙面で「Blues for Buddha―大悲の詩―」の歌詩を掲載して頂けた事に、心より深謝申し上げたい。*** f.hojo




産経新聞 全国版社会面 2004年3月6日
The Sankei Shimbun nationwide version social column March 6, 2004




日本経済新聞 署名原稿 全国版 2004年 5月10日
Nihon Keizai Shimbun signature manuscript nationwide version May 10, 2004



僧侶シンガー 海外ツアー 



ギター携え伝える縁と絆、NYでテロの悲しみを歌う



北條 不可思



  私は、浄土真宗本願寺派の僧侶であり、ソング・アンド・ボウズマン(歌うお妨さん)として独自の音楽活動をしている。俗に「二足のわらじ」というが、自分自身では使い分けている意識はなく、ベースは同じ表現者であると思っている。
  今月二十三日にはニューヨーク本願寺で歌わせていただく。米国は五年ぶり。9・11テロ事件の悲しみを歌った「悲しみを乗り越えて」を披露する。ニューヨーク本願寺には広島で被曝した親鸞聖人像が立っており、広島県出身の私としては、命と平和の尊さを訴えられればと念じている。



   ▽ ▽ ▽
  布教使の父の姿追う【名も無き念仏の僧侶】



  私が現在のスタイルに至るにはいくつかの影響がある。一つには、僧侶で本願寺派布教使であった父の姿だ。父は御法話の講師として全国を歩き、一年の三分の二は自坊を空けていた。寺に戻れば汗だくで人々の前に立ち、ひたすらに真実を伝えたいという願いに突き動かされている後ろ姿は、幼い私には格好よくて憧れの存在だった。
  中学一年で知ったボブ・ディランやジョン・レノンというアーティストから注ぎ込まれたスピリットも大きい。当時ギターは高価な買い物で、小さな貧乏寺には大変な出費だったが、父はいただいた御法礼で十二弦のギターを買ってくれた。その日からひたすら我流でギターを弾いている。既成の曲でなく自分の歌を作り弾くのである。 
  私は何を表現しているのか。私は問いかけたいのだ。「私はこう受け止めます。あなたはどうですか?」と。自作の曲で世の中とコミュニケーションしたいのだ。 
  世に生きることは個の作業であるが、他とのかかわりを断ち切れない。断ち切ったら大変不自然なことに感じられる。なぜなら、命は他の命によって生みだされ、育まれているからだ。そこにコミュニケートすることへの欲求が生じる。



  ▽ ▽ ▽
  息子が脳性マヒに



  東京の仏教学校に通い二十歳で得度した。三歳から志していたお妨さんになったが、音楽活動もしたいという気持ちが業のように募った。僧侶の身で障りはないか。その悩みに答えてくれたのが、東京仏教学院(東京・築地本願寺内)の恩師、林水月和上だった。
  「親鸞聖人のご生涯を思えば、そんな悩みは小さい。真実信心をしっかりと聞いて精一杯に表現なさい」という師の言葉は、テレビ神奈川からいただいた15分のレギューラーコーナーを引き受ける後押しとなっただけでなく、「表現する」ことの意味を常に私に問い続ける重みがある。
  これまでに九十曲ほど作曲、CDも出した。コンサートではこの中から十五ないし二十曲を選んで歌う。音楽活動を通じ、俳優の三国達太郎さんをはじめいろいろな方々と出会う縁ができた。
  父は一九七八年、都市開教専従員という任を本山から拝命し、神奈川県相模原市に越してきた。私の十七歳の時だった。九三年に呉にあった寺を相模原に公式移転した。私は結婚したが、九四年に生まれた息子の慈音(じおん)が、重度の脳性マヒと診断された。
  息子を見ていると一息一息、一生懸命生きている。「世の中に役に立つからすばらしいのではない。何かをできようとできまいと、命そのものが尊い」と体全体でメッセージを突きつけてくる。
  私は音楽を断念しようとしたが、妻は「慈音が大きくなって自分のせいで父親が音楽をやめたと知ったら傷つく。やめないで」と言った。その時に浮かんだ言葉が絆(きずな)で、息子とのご縁を歌にしていこうと決心した。



  ▽ ▽ ▽
  大悲の願いを胸に



こうして妻と息子と三人で九六年から、「縁絆(えんばん)コンサート」と名付けたツアーを始めた。表現の揚は、障害を持つ息子と世の中をつなぐかもしれないと考えた。偶然に出会った縁を共々に歩いていく絆として深められれば、とも。息子には、自らの五感で時代に吹く風を感じてもらいたい。
  九九年からは縁絆コンサートを大阪でも開催。二〇〇二年八月には広島の原爆資料館メモリアルホールで開いた。この時は、前年の米同時テロに触発されて作った私の新曲と、テレビでビルが崩れ落ちるのを見た慈音が足の指に絵筆をはさんで描いた「悲しい花火」という絵を展示した。
  米国には九九年に初めて行った。今回、三度日の米国ツアーとなるが、同時テロが起きた後、早く行きたいと思っていたので、思いがかなってうれしい。毎日、何かの命を喰ろうて生きている愚かしい自分だが、生きとし生けるものすべてにかけられた阿弥陀仏の大悲の願いを胸に精一杯に表現したいと念願している。



(ほうじょう・ふかし=音楽家 蓮向寺住職)



産経新聞 全国版 特集「わたし流」 2004年6月10日 (取材・田中夕介氏)
The Sankei Shimbun nationwide version feature




読売新聞 特集「親と子」The Yomiuri Shimbun feature "Parents and child"(取材・木田滋夫氏) →
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanaga ... /054/1.htm




本願寺新報「みんなの法話」署名原稿―『大悲の詩』を歌いながら―
hongwanjijournal signature manuscript March 01, 2008



北條 不可思は、浄土真宗本願寺派の浄土真宗本願寺派の無位無官・在野の僧侶としての活動を基としつつ"Song & BowzuMan=歌うお坊さん"として、『縁』と『絆』****『命の尊厳』と『心の平安』をキーワードに国内外で、国境・人種・文化・信教・・・をも越えたメッセージパフォーマンス(コンサート、音楽講演)と作品制作(CD・BOOK・etc)を中心に独自の音楽表現活動を展開し、商業音楽・芸能・出版業界,政治・社会運動等とは一定の距離と分限を保ちつつ、その活動を続けている



音楽(北條不可思においての音楽)



***



音楽は何かを開放する。



そして



何かを縛る。



***



お経を除いて



13歳の春(1974年)に出遭った



音楽は



現在においても



愚生にとって



娯楽以上のものである



愚螺牛



北條不可思/活動略歴 → http://plaza.rakuten.co.jp/fukashihojo/ ... 602090000/



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  1. 2008/03/11(火) 13:39:54|
  2. 未分類

プロフィール

Song&BowzuMan

Author:Song&BowzuMan
“Song & BowzuMan”
 since 1981


ENBAN&YAHIJIRI 
concert endlesstour
 since 1996
 

CANO BAND
 since 2006


*

北條不可思【愚螺牛・華思依】
ほうじょうふかし
【ぐらぎゅう・かしい】
法名/釋難思(しゃくなんし)

広島県出身
1961年10月14日生まれ


浄土真宗本願寺派・僧侶
シンガー・ソングライター
1981年
浄土真宗本願寺派
(本山・西本願寺)
http://www.hongwanji.or.jp/
得度
(法名・釋難思/シャク ナンシ)

浄土真宗本願寺派
東京首都圏都市
開教専従員(1986~2005)
(築地本願寺内)
http://tsukijihongwanji.jp/

浄土真宗本願寺派・
眞信山蓮向寺住職(1991~)
http://renkoji.org/

****************

FUKASHI guragyu HOJO
Shaku Nanshi(Priest Name)

*

【Born】
October 14, 1961
(1961-10-14)
Hiroshima, JAPAN.
【Years active】
1981-modern times

Message Performing Artist
Song&BowzuMan
singer-song writer
(A priest and a musician)  
Priest(Shin-Buddhism,
Pure Land Buddhism)
JODO SHINSHU
HONGWANJI-HA
SHINRAN-SHONIN's750th MEMORIAL(2012)

★ Profile:プロフィール 詳細★

http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-34.html

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