北條不可思・愚螺牛雑記~心に慈慧の響きと平安を~/"Song & BowzuMan since 1981”

"Song & BowzuMan since 1981”& ENBAN “縁絆” concert endlesstour since 1996

夏の全国高校野球大会100年の今年

夏の高校野球

『野球人』(1980年作)BasicRecording
《弟 北條大慈に、そして全ての野球人に贈る》 
プロローグでは、東海大相模高校時代に、
3度の甲子園を経験している

  
ベーシスト: 羊一氏http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-198.htmlのソロ演奏。
http://www.youtube.com/watch?v=kk9Fldr0ftU

夏の全国高校野球大会100年の今年
HOMETOWN 相模原の東海大相模高校の優勝
藤崎氏と御縁もあり、いよいよ深いご縁を感じている。
そして、100回大会ではないことの深い意味を見つめたい。
準優勝の仙台育英高校をはじめ
全国の高校野球にかかわるすべての人・道具・場所に敬意を・・・。

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  1. 2015/01/30(金) 14:53:54|
  2. 未分類

秋彼岸法要 2015年平成27年

 彼岸法要

日時 9月 19日 土曜日:午後2時より

法話/当寺副住職  北條大慈

Copyright(C)RENKOJIAmitaHouse Buddhist ChurchTokyo JAPAN 


浄土真宗本願寺派 本山 西本願寺 【世界遺産】;京都
http://www.hongwanji.or.jp/

「有縁のみなさま、万象繰り合わせのうえ、お出かけ、お参りくださいませ」 
[秋彼岸法要 2015年平成27年]の続きを読む
  1. 2015/01/24(土) 14:00:52|
  2. 未分類

『愚生乃文』~大悲の聲は慈慧の響き~北條不可思2003年(平成15年度)



親鸞聖人-野聖物語-

『Shinran-Shonin of my mind』







親鸞聖人 鏡の御影(西本願寺蔵;国宝)




 画像 026.jpg

龍谷大学大宮学舎・本館講堂(重要文化財)

PhotographyCopyright © HIDEKI NAKAJIMA JAPAN


画像 932

PhotographyCopyright © OfficeAmitahouseVOW BREATH PRODUCTIONS


「愚生乃文」(gushow no mon)
平成15年度2003年 西本願寺・宗学院別科研究報告論文


「大悲の聲は慈慧の響き」(Daihi No Koewa Jikei No Hibiki)

北條不可思(法名 釋難思)

一 はじめに

 浄土真宗の宗祖が親鸞聖人であることは、今更いうまでもなく明確なことである。真宗史によれば、『顕浄土真実教行証文類』(以下『教行信証』と記す)著述の年をもって浄土真宗立教開宗と定められ、元仁元年(1224)が定説とされる。
だが、親鸞聖人にはご自身が一宗をひらく意思など微塵もなかった。
日本通史を眺めれば、宗祖たる師の意思が顕在化して一宗の立教開宗は成立している。
『聖徳太子が法隆寺を建立 仏法の興隆を願って(607年)』
『天台宗が公認される 最澄,比叡山中心に基礎固め(806年1月26日)』
『ひたすら南無阿弥陀仏 法然,苦悩のすえ浄土宗を開く(1175年春京都)』
といった具合だ。    
ところで親鸞聖人は……。
『孤高の思想家,親鸞逝く 浄土真宗を残して(1262年11月28日)』
本文には、『不合理な呪術的信仰を否定し、民衆に受け入れらず(中略)時代の前衛、孤独な知識人であった』との一節がある。
これは
『浄土真宗を残して』を『教行信証を残して』と言い換えなければならないが、
親鸞聖人のご生涯を世間的にまとめたともいえる。
しかし、真宗にあって、この理解されぬ独自性こそが宗体の背骨を貫いていると考えられる。

二 『孤高の思想家』の意味

『教行信証』において、親鸞聖人は念仏往生の真骨頂に迫る。
その著述の理由は知恩報徳があるが、別由として真実の教法の全貌を体系的に
開顕しようとする意思があった。そこには、容認し得ない、出雲路住心に代表される念仏の求道者から発せられる異義の隆盛が背景にあったと推察されている。そして、およそ二十年の歳月を経て、その熱意が涸れることなく大著の完結へと至る。
 親鸞聖人の論釈は、ご自身の自覚においては新しいものはなにもなく、
七高僧によってあかされたもの、なかでも『よき人』(法然上人)がお伝えくださった念仏往生のみ教えを改めて体系化するというものであった。
しかるに、親鸞聖人の論ずる『浄土之真宗』は法然上人の伝えられたことを指している。
 釈尊が説いた八万四千の諸経の中に、阿弥陀如来を讃嘆する経は二百を超えるが、そのなかで、
『大無量寿経』(以下『大経』と記す)
『観無量寿経』(以下『観経』と記す)
『阿弥陀経』(以下『小経』と記す)
をもって浄土三部経と定めたのは法然上人である。
 この三経に親鸞聖人は何も足さず、何も引いてはいない。
 まず親鸞聖人は
『大経』
を真実の教法といただき、阿弥陀仏の救済は、往還二回向の本願法のはたらきにあるとして『教』をつまびらやかにしている。
衆生(私)が浄土往生を遂げた後、たちまちに還相して利他にはたらくいずれの仏も、
ひとえに絶対他力の本願法の救済であり、弥陀釈尊の経説における真実の教えとする。
救済をいただく『行』から『信』を別開された故はどこにあるのか。
 本来通仏教では、教法は『教・行・証』の三法に分けられる。
いかなる救いであるかという教えがあり、救いをいただくための行いがあり、行いを修めた証としての果がある。
だが、『大経』の法による行は、弥陀名号の徳行に応じているので、
自らが為す行ではなく名号妙果への『信』をことさらに重視している。
つまり、弥陀名号の徳は、衆生自力の余行の徳を、量・用・性いずれにおいても勝れて超えているので『大行』という。
だからこそ『信』は、諸行の有無を離れ、『一心』なる称名念仏をすすめられる。
『一心』は、【ひたすらに】【一途に】ではなく『他力信心ひとつ』での称名である。
 しかし、難しい。
『如来よりたまわりし信心』が他力回向の絶対条件である。
『教』はすでに説かれている。『行』『信』は因であり『証』は果である。
因さえ獲れば果はおのずから得られるのであるから、四法の肝要は『行・信』にある。
しかも、この『行』は弥陀名号の『大行』であり、信ずる主体は我だが、
信ぜせしむる主体は本願他力の弘願にあるのだから。
『愚禿』という言葉に込めた親鸞聖人の透徹した自己を見つめ、見限るまなざしの厳しさに圧倒されないものはなかろう。
その一方で、雑行を捨てて帰入した本願他力の救い、信心獲得を金剛心を得たりと報恩に尽くしたご生涯を尊く有り難く思われてならない。
 ところで、もし、親鸞聖人が『大経』を真実の教として、『浄土の真宗』を
この一経に限定されていれば、その時点で、法然上人の説かれた浄土門とは袂を分けていただろう。  
 だが、親鸞聖人はひたすらに三経を浄土を顕かす真実の経文とされている。
 というのも、聖徳太子が日本に仏教の伝来をする以前も以後も、宗教論争は真仮廃立によって争われてきたのだ。「この真あらばそれこそは仮だ」という相対を決しあった。
ならば三経を真仮廃立で釈すると、『大経』の念仏往生の立証で、著述の使命は果たしたはずだ。法然上人は『阿弥陀仏の本願を信じ念仏を称えれば極楽浄土に往生できる』と説かれたのだから。 しかしながら親鸞聖人は、『大経』とは矛盾する諸行往生や自力念仏を認めているともとれる
『観経』『小経』に、阿弥陀仏の無量なる仏智無辺の大悲心の深さをみておられる。つまり、『大経』を真実の教とする一方、
『観経』『小経』を権仮の教と捉え、仮を仮として廃するのではなく、仮を説かなければならなかった仏意へと想いを深めていくのだ。
観仏三昧を宗とする顕説に、一心に弥陀称名による弘願念仏の三昧が穏彰されているとお味わいになられて、三経差別という表層的観点から三経一致という一層内面的な取り上げ方を領解された。
親鸞聖人の特質性が思想的な深まりとともに鮮明に顕れてくるのである。
 それはまた、
『大経』を第十八願におき、弥陀の本意である弘願門とし、
『観経』を第十九願と受け諸行往生の要門、
『小経』を第二十願であり双樹林下往生の真門と読み解いた。
いわゆる六三法門である。
なかでも三願は、四十八願にあって衆生往生の因を誓う生因三願とされて、真仮の分別を際立たせている。
相対的には矛盾する三願を仏意の方便誘引と見極め、親鸞聖人ご自身の信仰経験の率直な告白は、未熟な自己や愚かさゆえの過誤さえも、弘願に至る弥陀仏の大いなるお手立てであったと領受されている。
 ここで、廃立から穏顕が、ロジックではなく方便の願底に流れる真実へと帰入せしめる仏意との邂逅を味わわれた後にいただかれた親鸞聖人の信心獲得の証であると受け止めることができる。
 それは三願転入が弘願門への道筋と限定されるものではなく、
『私においてはこのようなお手立てを如来よりたまわりました』という告白にある。
また、『転』という言葉を転換、反転という意ではなく、
川の水が海へと流れ一味に変わるように、「うけこむ」と「かえる」という二つの意味を内包させて、ひとたび信を獲たならば正定聚と定まることを慶ばれておられることからもうかがえる。
親鸞聖人浄還後、『教行信証』は著作の意図とは異なり浄土真宗の立教開宗の実を結ぶが、それは、この大著に一宗の成立を可能にする『宗』と『体』が備わっていたことを証している。
 たしかに親鸞聖人は『孤高の思想家』であったかもしれないが、終生を念仏者として如来の大悲を仰ぎ、仏智に照らされて歩まれたことこそは言明できる。

三 親鸞聖人(本願他力)ノススメ

 親鸞聖人は、大変に寛容な態度を他者に対して示される。
それは、ご本願によらずば真実の往生は為し得ないとされた一方で、いかなる邪偽もひとたび信心獲得の縁あらば弥陀如来の大悲大慈のお手立てを
まさに知ることになると見抜かれておられたからだ。
 そして、親鸞聖人は勧められる。
 聖道を去って時と機とに相応した真実に依るべし、と。
善知識のご指南をいただき弥陀本意の直説である浄土三部経に依るべし、と。さらに、
人に依らず法に依れ、
語に依らず義に依れ、
識に依らず智に依れ、
不了義に依らず了義に依れ
の四依(
法四依を知って法を修せよ、と。
 親鸞聖人御作の和讃は、郡を抜いた多作でも知られているが、
それは、自他の区別なく発せられたオリジナル・メッセージである。
仏徳讃嘆される大詩人の真実のメッセージは、平成16年、西暦2004年のまさに『今』も響きつづけている。

《夢告讃》
弥陀の本願信ずべし 本願信ずるひとはみな
摂取不捨の利益にて 無上覚をばさとるなり

《正像末浄土和讃》
智慧の念仏うることは 法蔵願力のなせるなり
信心の智慧なかりせば いかでか涅槃をさとらまし

《正像末浄土和讃》
無明長夜の燈炬なり 智眼くらしとかなしむな
生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ

《正像末浄土和讃》
願力無窮にましませば 罪業深重もおもからず
仏智無辺にましませば 散乱放逸もすてられず 

《正像末浄土和讃》
如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし


まさに枚挙の暇がない。


四 おわりに

『犬はワン、猫はニャンと鳴くが、人間はナンマンダブツと泣くんです』
 東京仏教学院在学中、恩師・林水月和上が幾たびも幾たびも話された言葉です。
 宗学院別科で学ばせていただいた一年間は、先生方のご講義が、予想を超えて高度にして難解でしたが、二十数年前に聞かせていただいた先生方のお話と重なり重なりして、尊くも有り難く、懐かしく嬉しく、真実法義の醍醐味を味わわせていただきました。
 参考文献候補の著作があまりに多く、親鸞聖人の遺業がいかに計り知れないものかと戸惑うほどでしたが、
学生時代に聴講のご縁を恵まれた諸先生のご著書をたよりに本編をまとめさせていただきました。《了》

【参考文献一覧】
『浄土三部経』 浄土真宗聖典編纂委員会編 本願寺出版社
『浄土真宗聖典』 浄土真宗聖典編纂委員会編 本願寺出版社
『浄土真宗聖典・七祖編』 浄土真宗聖典編纂委員会編 本願寺出版社
『救済の論理』 桐渓順忍著 教育新潮社
『親鸞思想入門』 龍谷大学真宗学研究室編 永田文昌堂
『唯信鈔文意講話』 林水月著 教育新潮社
『親鸞辞典』 菊村紀彦編 東京堂出版
『ご和讃の法話』 高木昭良著 本願寺出版部
『ご和讃の法話』 加茂仰順著 本願寺出版部
『ご和讃の法話』 林水月著 本願寺出版部
『新編安心論題綱要』 勧学寮編 本願寺出版社
『真宗史』中央仏教学院編 本願寺出版社
『本典要義』中央仏教学院編 本願寺出版社
『三経要義』中央仏教学院編 本願寺出版社
『日本全史(ジャパン・クロニック)』 講談社

南無阿弥陀佛

浄土真宗本願寺派
(本山・京都堀川西本願寺/別院・東京築地本願寺)
眞信山蓮向寺住職(1991~) 
本願寺派・東京首都圏都市開教専従員(1986~2005) 

愚螺牛 北條不可思(法名 釋難思)

 縁絆コンサート2004京都公演(龍谷大学大宮学舎本館講堂)

浄土真宗本願寺派(西本願寺) 勧学 林 水月和上 

  1. 2015/01/02(金) 12:03:31|
  2. 未分類

プロフィール

Song&BowzuMan

Author:Song&BowzuMan
“Song & BowzuMan”
 since 1981


ENBAN&YAHIJIRI concert endlesstour
 since 1996
 

CANO BAND
 since 2006


*

北條不可思【愚螺牛・華思依】
ほうじょうふかし
【ぐらぎゅう・かしい】
法名/釋難思(しゃくなんし)

広島県出身
1961年10月14日生まれ


浄土真宗本願寺派・僧侶
シンガー・ソングライター
1981年
浄土真宗本願寺派
(本山・西本願寺)
http://www.hongwanji.or.jp/
得度
(法名・釋難思/シャク ナンシ)

浄土真宗本願寺派
東京首都圏都市
開教専従員(1986~2005)
(築地本願寺内)
http://tsukijihongwanji.jp/

浄土真宗本願寺派・
眞信山蓮向寺住職(1991~)
http://renkoji.org/

****************

FUKASHI guragyu HOJO
Shaku Nanshi(Priest Name)

*

【Born】
October 14, 1961
(1961-10-14)
Hiroshima, JAPAN.
【Years active】
1981-modern times

Message Performing Artist
Song&BowzuMan
singer-song writer
(A priest and a musician)  
Priest(Shin-Buddhism,
Pure Land Buddhism)
JODO SHINSHU
HONGWANJI-HA
SHINRAN-SHONIN's750th MEMORIAL(2012)



★日本仏教;浄土門を代表する
伝統宗派の ひとつである
浄土真宗本願寺派

本山・龍谷山本願寺(西本願寺)○京都市下京区堀川通花屋町下る
宗祖廟所・大谷本廟(西大谷)○京都市東山区五条(東山五条)
東京首都圏・築地本願寺 東京都中央区築地


★2012年/平成24年に
宗祖親鸞聖人没後750年を迎えた
浄土真宗本願寺派に僧籍を頂く。
2009年大谷本廟における
親鸞聖人750回大遠忌記念
「恩徳讃歌献歌コンサート」を参加開催。
大谷本廟(西大谷)
http://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/
******

親鸞聖人が表現し体現された
非僧非俗の精神と風格を仰ぎ
無位無官、在野の僧侶としての
活動を基本とし、

1981年(昭和56年)得度を機に
"Song & BowzuMan=
  歌うお坊さん"
Message Performing Artist
として、
真実の『縁』と『絆』
『命の尊厳』と『心の平安』を
キーワードに国内外で、
国境・人種・文化・信教・・・・
をも越えた
メッセージパフォーマンス
(コンサート、音楽講演)と
作品制作
(CD・BOOK・etc)を中心に
現在のテーマを
「真の誇り:驕りなき誇り」と定め
2017年のフックワード{転}とし
独自の音楽表現活動を展開。

★「愚生が帰属している
浄土真宗本願寺派の現在
(2015年:平成27年)
の中心メッセージに
『縁』『絆』がフックとして使用されている事に
この上ない深い報恩・慶びと謝徳の念いが
心の底から身心に沁み渡るようである」。
 namo-amidabutsu -f.hojo-

★ 布施によって生かされている者としての分限・分際の
自覚(ブディズムに根ざした真実の「縁」「絆」「命の尊厳」等を
表現メッセージする方法手段)から、
商業音楽・商業芸術・商業講演・
商業出版、,政治・社会運動等とは、一定の距離を保ち
深く関心を持ち、敬意をはらいつつ、
日本国内外のさまざまな人々から
その立場を越えて、
様々な形の支援と協賛を得て
そのメッセージ活動を続けている。

★★★★★★★★★★★★★★★★

特に、重度障害を持つ、
息子慈音との
生活の中から始まった
「ENBAN・縁絆コンサート 
    エンドレスツアー」は、

*東京(1996年~)築地本願寺


*大阪(1999年~)トリイホール


*ニューヨーク(1999年~)
ニューヨーク本願寺


*ニュージャージー(2000年)
アトランティックシティ
シェラトンホテル
コンベンションホール
浄土真宗本願寺派
北米教区仏教者大会に招聘


*長野(2001年)
白馬シャガール美術館


*広島公演(2002年8月~)
原爆資料館メモリアルホ-ル


*京都公演
(2006年3月、2005年6月)
龍谷大学大宮学舎
本館講堂(重要文化財)


*Hometown/相模原
(1996年~
グリーンホール相模大野)


*国立療養所長島愛生園
(2006年10月21日・特別公演)
など、国内外で開催され、
   現在も続けている。




《今後の公演予定》

【国内】
北條不可思 縁絆コンサート2016
ENBAN "縁絆" concert endlesstour 201
日程

*******
《コンサート メッセージ テーマ》
『KEEP ON WALKING 』
( 混沌と真実:Chaos & ship )

【海外】
パリ  フランス 日程未定企画中
ローマ イタリア 日程未定企画中


毎年「ENBAN:縁絆コンサート エンドレスツアー」
縁絆・野聖メッセージコンサートとして、春・秋開に開催。


2016年以降で、国内、
海外(パリ:フランス ローマ:イタリア)を計画中です。

なお、CD作品の制作は2010年11月より
北條不可思50歳記念 Wアルバム
通算12作目「PRIDE&PROUDLY  誇りと驕り」
『FUKASHI HOJO Past days song 1993-2001/
北條不可思・昔日歌』(発表日2012年3月9日)
2011年4通算13作目「Keep On Walkin' 真実一路」
2011年通算14作目『flower&rain』《NotForSale#Ⅱ》
2012年通算15作目『REAL FANNTASIA;本当の幻想曲』
2013年通算16作目『混沌と真実;Chaos and ship』の制作。
2014年通算17作目『listen and hear/無為の鐘』

2016年
Documentation Series No. 1 2010~2015
ドキュメンテーションシリーズ No.1 2010年-2015年 
5作品紙ジャケット特別詩歌集、発表。
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-4.html

2016年-2017年通算18作目『ROCKA BULUES & ROLL;転依』
2017年通算19作目『Buddson&Sons;慈慧と詩歌』
Amitahouse Main Temple Studioに於いて制作中。

RECORDING 2008-
/レコーディング:作品製作
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-248.html


OfficeAmitaHouse

VOW BREATH PRODUCTIONS


「ENBAN:縁絆コンサート

エンドレスツアー」
(2010年から「ENBAN Massage Act Collection」のひとつになる)
は、日本国内外のさまざまな人々から、その立場を越えて、様々な形の支援と協賛を得て、スタートから一貫して入場無料・全席自由のスタイルで開催が継続されている。






      ★★★★★★★★★★★★★★★★


【私は、浄土真宗本願寺派の僧侶であり、ソング・アンド・ボウズマン(歌うお坊さん)として独自の音楽活動をしている。俗に「二足のわらじ」というが、自分自身では使い分けている意識はなく、ベースは同じ表現者であると思っている。】
日本経済新聞(署名原稿)
2004年5月10日配信(文化欄)

      *********


【僧侶と音楽家。
『二足のわらじ』という人もいるが、私は呼吸と思っている。息を吸っているときは仏教の心を吸収し、息を吐くときは歌となって出ていく」
音楽で表現するもの。仏教で表現するもの。それはいずれも「和の精神」であり、「命の尊厳」だ。】
(文 田中夕介)
産経新聞
2004年6月10日配信(全国版)

        *********


『北條さんの声と歌に、言葉よりも音楽の方が心に浸透する力が大きいことを実感させられてしまった。これは、現代の和讃ではないか。
つまり、今の言葉で、今の音楽で綴られた仏教讃歌だと感じたのだ。
新しい文化の誕生と言ってもいい』。
(メッセ-ジ フロム 
三國 連太郎 1994年)

      *********


『僧侶・北條不可思の歌を聴いた。
人生の謎と美と真実に一歩でも近づこうとして疾走する、一人の男の歌を聴いた』。
(メッセ-ジ フロム 
新井 満 1994年)

      *********


推薦文
わが宗門より仏様のおこころを
歌にのせて一人一人のいのちへ語りかける青年僧侶が登場しました。
仏様の限りない呼び声に老若男女を問わず誰もが
いのちの尊厳に聞き入ることであります。
どうぞ一人でも多くの方へお伝え下さい。
浄土真宗本願寺派
総長 松村了昌 
1994年 平成6年4月6日

 *********************
     
★ 女性自身 光文社 
平成13年3月20日号
お経ではなく歌でメッセージを伝えるボブ・ディラン坊主こと
蓮向寺住職北條不可思さん。
脳性マヒの長男慈音くんと奏でる"命の讃歌"----。 
《本誌リードより》

*********************

メッセージコンサート、音楽講演、CD作品等の、商業的派手な宣伝、告知、広告、などは行っておりませんので、ホームページ等でご確認頂き、ご来場、ご購入いただければ有難く存じます。
*********************

(Contact Us/ 連絡・問合せ )


E-MAIL 
amitahouse@jcom.home.ne.jp




*********************
 
北條不可思 代表作の1曲

遊牛の詩/ゆうぎゅうのうた ↓ ↓ ↓
作詩・作曲・歌 北條不可思
演奏・北條不可思とカノ・バンド
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-221.html


:作詩作曲 北條不可思
(http://fukashihojo.com/)
 
1996年作 1998年発表 2006年再発表 2009年再々発表 
from Jion Music Factory:Office AmitaHouse;
Produced by GURAGYU(愚螺牛)


(facebook・フェイスブック)
https://www.facebook.com/
fukashi.hojo

『遊牛の詩』は、
Song&BowzuMan
"歌うお坊さん"北條不可思の代表作の一曲。

― 善人なほもつて往生をとぐ、

   いはんや悪人をや。―

世界的に知られる
親鸞聖人語録「歎異抄」
第三条の言の葉の放つ響きと
重度障害を持つ、息子・慈音との
生活の中からインスパイアされ
生まれ出でた詩曲。
北條不可思にとっての
Like A Rolling Stone(BOB DYLAN)であり
恩徳讃歌でる。
もはや、歌とは言えないのかもしれない。


遊牛の詩 (以下歌詩掲載)

『遊牛の詩』
詩/曲 北條 不可思
浄土真宗本願寺派:西本願寺
僧侶:シンガー・ソングライター

08.20.1996

*善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
+++++++
自由だ平和だ人権だと騒ぐ前に我々は何をしてる
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい

**毎日何かの命を喰らって生きてるくせに
 人間だけが一番エライと講釈、講釈たれる
ねずみに勝利を渡す牛になりたい 
ねずみに勝利を渡す牛になりたい
悠々と歩む牛になりたい 
悠々と歩む牛になりたい
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
+++++++

明日ありと思う心の浅はかな愚かな己の精神よ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
福祉だ教育だ環境だと騒ぐ前に我々は何をしてる
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
毎日何かの命を喰らって生きてるくせに 
人間だけが一番エライと講釈、講釈たれる

ねずみに勝利を渡す牛になりたい 
ねずみに勝利を渡す牛になりたい
悠々と歩む牛になりたい 
悠々と歩む牛になりたい

Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
*善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい

善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい

MUSICIAN

Guitar(acoustic&electric) 
Vocals-Fukashi Hojo 
Harmonica-Shaku Nanshi

:FUKASHI HOJO&CanoBand:
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-221.html


Produced by GURAGYU:愚螺牛

Copyright © 1996,
renewed 2009
Special JION Music

Amitahouse&GURAGYU PRODUCTIONS


inspired TANNISHO
http://plaza.rakuten.co.jp/
fukashihojo/diary/200605030000/
Tannishō
【From Wikipedia;English」】
http://en.wikipedia.org/wiki/
Tannish%C5%8D
Copyright © 1996 Special JION Music

北條不可思 縁絆コンサート:フォトドキュメントリスト
ENBAN "縁絆" concert endlesstour PhotoDocumentaryList
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blog-entry-193.html
野聖物語:眞信讃歌2009~http://
fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-311.html
Produced by GURAGYU
*
MUSICIAN

Guitar(acoustic&electric) 
Vocals
Fukashi Hojo 

Harmonica-Shaku Nanshi

(CANO BAND)
Bass(wood&electric)
Yoichi Fujisaki
Drums(percussion&Bell)
Shoichiro Aso
Keyboards (piano&organ)
Yusuke Nakagawa


Produced by GURAGYU

Copyright © 2007
Special JION Music

Fantasia Records de JION MusicFactory

FUKASHIHOJO SONGS
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-180.html

in association with 
ENBAN FUKASHI-NO-KAI
OfficeAmitahouse&VOW BREATH PRODUCTIONS

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