北條不可思・愚螺牛雑記~心に慈慧の響きと平安を~/"Song & BowzuMan since 1981”

"Song & BowzuMan since 1981”& ENBAN “縁絆” concert endlesstour since 1996

九坊院 院家便り【From kuboin2012】 /2012年(平成24年) 薫風の候

 

九坊院 院家便り【From kuboin2012】

謹みて

 有縁門信徒のみなさまにおかれましては、『よろこびも悲しみも阿弥陀様の願いのなか』とのお味わいとともにお過しのことと拝察申し上げます。久しぶりの便りです。

 愚生は、一昨年の大病から少しずつ回復を感じております。しかし、昨年夏に、息子・慈音か食事を詰まらせ救急搬送されました。1時間以上の心肺停止の状態ではありましたが、北里大学病院の救命救急のおかげで一命を取り留めました。2か月の入院後、10年以上診ていただいている療育センタ―(東京・板橋)へ母子ともに転院し、在宅医療の指導を受け、どうにか寺に戻りました。現在は自宅にて、医師、看護師、マッサージ師、薬剤師、歯科医師他、さまざまな方々に、さまざまなサポートを頂きながら、日々上がったり下がったりしながら在宅療養生活をいたしております。

 近年、国の内外で苦悩することが多く、悩みは尽きぬことです。お釈迦様の「人生は苦なり」という教えが身に沁みて参ります。

 1995年(平成7年)の阪神大震災での教訓も吹き飛ばすような東北の大震災と原発の放射能の大問題。広島で生まれた者としては、腹の底から当時の菅直人内閣の対応に憤りを禁じ得ませんでした。余計なお世話ですが、折に触れて、一度ならず、可能な限り、東北の産物を買いましょう。  愚生が、《ピカドン》=原爆の被爆で人間の尊厳を踏みにじられた方々がおられる事実を知ったのは、小学校低学年の頃です。それほどまでに、広島では原爆教育に熱心に取り組んでいます。それでも、小脳梗塞で倒れる前に故郷へ音楽法話で参りました時、中国新聞の論説委員の旧友に会えるご縁があり、「今も原爆差別はなくなってませんよ」と悲しみと憤りのまじる瞳で話して下さいました。表面的には解決に向かっているようですが、苦悩は複雑になるばかりです。

 宗祖・親鸞聖人の在世のころも、大混乱大混迷の災害と戦乱の世でした。しかし、目に映るすべてが、辛く悲しく虚しいものばかりである人間の苦悩は、原子力やインターネットの現代と親鸞聖人の時代と何一つ変わりません。

 さて、有縁の皆さまのなかにもいらっしゃることと存じますが、愚生も息子・慈音も《九死に一生を得る》経験を致しました。折々にご心配を頂き深謝申し上げるばかりです。

 だが、つくづく思います。【命とは、人の思いに応じて扱えるものではないのだ】と。

 その深い味わいは、寝返りまでも抑制するよう求められたICUのベッドの上で訪れ、今なお我が身にはたらいて、この便りを綴る原動力でもあります。

 思い返せば、前住職、前坊守の最後の入院の時、特に前住職の時に強く、心に刻まれたことのように思います。ガンの病も末期になり、打つ手も尽きた頃に、前住職より、愚生より、もっともっと若く健康な方が亡くなり葬儀を勤めるご縁がありました。その一部始終を前住職に枕元で話しました。前住職は、「人の受けた寿命は、いつ、どこで、どんなかたちで終わるかわかりませんなー・・・ナマンダブ」と呻くように語りました。 皆さんご存知のとおり、お釈迦様の直接の死因は食中毒と伝えられてます。現代でも、人は長寿という程にご健勝でおられたある日、毒キノコで命を落としたそうです。      

 間違いなく命が尽きたのに、今もなお、お釈迦様の教えは私たちに届き、はらいてくださっています。それは何故でしょう?  それは、私たちが尽きる命と尽きぬ命を恵まれているからです。身と心に命があるからです。命とははたらきそのものです。なかでも、人の心の命は、我(ワレ)と思うはたらきです。我(ワレ)と思う自覚が愚生を愚生たらしめます。だからこそ、いかに他者から影響を受けようとも、自分ではない誰かになることはできません。だからこそ、愚生は、すさまじく影響を受けましたが、ボブ・ディランやジョン・レノンには成れないのです。 仏に成る。つまり、成仏が、いかに不可思議なはたらきによるものでしょう。仏とは我(ワレ)という思いの無い無我(ムガ)のはたらき()と成ることです。我を我たらしめている我の思いの根本が無いのですから。                 

 浄土真宗の「おかげさまでありがとう」とは、阿弥陀=不可思議=光寿無量の智慧と慈悲の命のはたらきに遇うことです。仏に成る因も縁もなかった、こだわり迷う我(ワレ)が、仏に成る修学、修行も要せずに、往生浄土=成仏の道中を歩かせて頂いているのです。その阿弥陀如来さまの救いに気づくことさえも、我に凝り固まっていては気づけません。

 諸仏のおひとりであり、お釈迦様がお勧めくださる阿弥陀如来様の願いの力=本願他力にお任せする、まさに『真実信心』を賜ってこそ、与えられた今日の一日、まだ尽きぬこの一息を、「喜びも悲しみも阿弥陀様の慈悲の中」と受け止めて、成仏の道中をまさに歩かせて頂いているという自覚を恵まれるのです。  知識や経験は世間では大事なことです。けれども、こと浄土真宗の成仏には、かえって邪魔です。「信じることを本願の船に乗る」とも表現されます。船に乗れば、歩けるものも、寝たきりであろうとも、船が彼岸へと運んでくださいます。信じれば、この世で不治の病が治るとか、100歳を越えても若者と同じになれることとは違います。挙句の果ては、信じれば不老不死の御利益があるなどと、弱い人間の心に魔が誘ってきます。苦痛や困難を解決したいが故に《魔》を信じ、我にとって都合の良い結果、御利益(人間の我欲:浄土真宗の利益とはちがいます。)を望んでしまいます。しかし、どうにもならない。「どんなに医学・科学が進歩しても人間が、150歳を越えて、生き活動すること(生活)は難しいと思う」と、医学者の友人が申します。医学や科学で駄目なら、神・仏に祈願してしまう。でも「ダメ」です。作家の大江健三郎氏のご子息で音楽家の大江光氏が30歳の頃、原爆資料館(正式名称広島平和記念資料館)を見学し終わった時にひとこと「ダメです」と語られました。NHK制作のドキュメンタリー番組で拝見しました。真の救済とは、真のしあわせとは、いったい何でしょうか?  縁によってはどんな人生になっても想定外ではありません。仏教は絶対論理ともいわれます。生まれた者は必ず死に帰す。形あるものは必ず崩れ去る。諸行無常と自覚することです。お手上げの愚生に「まかせよ必ずすくう」との呼び声が聞こえます。いつか乗る船が「南無阿弥陀佛」です。そこに理屈はありません。ただ、「ハイ」と思うこと、それが船に乗ることです。「弥陀の本願を信じ、仏と成る」浄土真宗の念仏は、だからこそ、報謝の念佛です。・・・あれこれと雑々の日々ですが、歩けるところまで歩いて行きましょう。

「喜びも悲しみも、阿弥陀如来の慈悲の中。おかげさまでありがとう」です。

 久しぶりの便りでした。またのご縁で綴らせて頂きます。ごきげんよう。

                     NAMOAMIDABUTSU

                 

                 當麻九坊院 眞信山蓮向寺 

                    住職 北條不可思(釋難思)

                      2012(平成24) 薫風の候


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  1. 2011/12/30(金) 20:56:46|
  2. 未分類

プロフィール

Song&BowzuMan

Author:Song&BowzuMan
“Song & BowzuMan”
 since 1981


ENBAN&YAHIJIRI concert endlesstour
 since 1996
 

CANO BAND
 since 2006


*

北條不可思【愚螺牛・華思依】
ほうじょうふかし
【ぐらぎゅう・かしい】
法名/釋難思(しゃくなんし)

広島県出身
1961年10月14日生まれ


浄土真宗本願寺派・僧侶
シンガー・ソングライター
1981年
浄土真宗本願寺派
(本山・西本願寺)
http://www.hongwanji.or.jp/
得度
(法名・釋難思/シャク ナンシ)

浄土真宗本願寺派
東京首都圏都市
開教専従員(1986~2005)
(築地本願寺内)
http://tsukijihongwanji.jp/

浄土真宗本願寺派・
眞信山蓮向寺住職(1991~)
http://renkoji.org/

****************

FUKASHI guragyu HOJO
Shaku Nanshi(Priest Name)

*

【Born】
October 14, 1961
(1961-10-14)
Hiroshima, JAPAN.
【Years active】
1981-modern times

Message Performing Artist
Song&BowzuMan
singer-song writer
(A priest and a musician)  
Priest(Shin-Buddhism,
Pure Land Buddhism)
JODO SHINSHU
HONGWANJI-HA
SHINRAN-SHONIN's750th MEMORIAL(2012)



★日本仏教;浄土門を代表する
伝統宗派の ひとつである
浄土真宗本願寺派

本山・龍谷山本願寺(西本願寺)○京都市下京区堀川通花屋町下る
宗祖廟所・大谷本廟(西大谷)○京都市東山区五条(東山五条)
東京首都圏・築地本願寺 東京都中央区築地


★2012年/平成24年に
宗祖親鸞聖人没後750年を迎えた
浄土真宗本願寺派に僧籍を頂く。
2009年大谷本廟における
親鸞聖人750回大遠忌記念
「恩徳讃歌献歌コンサート」を参加開催。
大谷本廟(西大谷)
http://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/
******

親鸞聖人が表現し体現された
非僧非俗の精神と風格を仰ぎ
無位無官、在野の僧侶としての
活動【生活:日暮らし】を基本とし、

1981年(昭和56年)得度を機に
"Song & BowzuMan=
  歌うお坊さん"
Message Performing Artist
として、
真実の『縁』と『絆』
『命の尊厳』と『心の平安』を
キーワードに国内外で、
国境・人種・文化・信教・・・・
をも越えた
メッセージパフォーマンス
(コンサート、音楽講演)と
作品制作
(CD・BOOK・etc)を中心に
現在のテーマを
「真の誇り:驕りなき誇り」と定め
2017年のフックワード{転}とし
独自の音楽表現活動を展開。

★「愚生が帰属している
浄土真宗本願寺派の現在
(2015年:平成27年)
の中心メッセージに
『縁』『絆』がフックとして使用されている事に
この上ない深い報恩・慶びと謝徳の念いが
心の底から身心に沁み渡るようである」。
 namo-amidabutsu -f.hojo-

★ 布施によって生かされている者としての分限・分際の
自覚(ブディズムに根ざした真実の「縁」「絆」「命の尊厳」等を
表現メッセージする方法手段)から、
商業音楽・非商業音楽・商業芸術・非商業芸術・
商業講演・非商業講演・商業出版・非商業出版・
政治活動・社会運動・非政治活動・非社会運動等とは、
一定の距離を保ち
深く関心を持ち、敬意をはらいつつ、
日本国内外のさまざまな人々から
その立場を越えて、
様々な形の支援と協賛を得て
そのメッセージ活動を続けている。

★★★★★★★★★★★★★★★★

特に、重度障害を持つ、
息子慈音との
生活の中から始まった
「ENBAN・縁絆コンサート 
    エンドレスツアー」は、

*東京(1996年~)築地本願寺


*大阪(1999年~)トリイホール


*ニューヨーク(1999年~)
ニューヨーク本願寺


*ニュージャージー(2000年)
アトランティックシティ
シェラトンホテル
コンベンションホール
浄土真宗本願寺派
北米教区仏教者大会に招聘


*長野(2001年)
白馬シャガール美術館


*広島公演(2002年8月~)
原爆資料館メモリアルホ-ル


*京都公演
(2006年3月、2005年6月)
龍谷大学大宮学舎
本館講堂(重要文化財)


*Hometown/相模原
(1996年~
グリーンホール相模大野)


*国立療養所長島愛生園
(2006年10月21日・特別公演)
など、国内外で開催され、
   現在も続けている。




《今後の公演予定》

【国内】
北條不可思 縁絆コンサート2016
ENBAN "縁絆" concert endlesstour 201
日程

*******
《コンサート メッセージ テーマ》
『KEEP ON WALKING 』
( 混沌と真実:Chaos & ship )

【海外】
パリ  フランス 日程未定企画中
ローマ イタリア 日程未定企画中


毎年「ENBAN:縁絆コンサート エンドレスツアー」
縁絆・野聖メッセージコンサートとして、春・秋開に開催。


2016年以降で、国内、
海外(パリ:フランス ローマ:イタリア)を計画中です。

なお、CD作品の制作は2010年11月より
北條不可思50歳記念 Wアルバム
通算12作目「PRIDE&PROUDLY  誇りと驕り」
『FUKASHI HOJO Past days song 1993-2001/
北條不可思・昔日歌』(発表日2012年3月9日)
2011年4通算13作目「Keep On Walkin' 真実一路」
2011年通算14作目『flower&rain』《NotForSale#Ⅱ》
2012年通算15作目『REAL FANNTASIA;本当の幻想曲』
2013年通算16作目『混沌と真実;Chaos and ship』の制作。
2014年通算17作目『listen and hear/無為の鐘』

2016年
Documentation Series No. 1 2010~2015
ドキュメンテーションシリーズ No.1 2010年-2015年 
5作品紙ジャケット特別詩歌集、発表。
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-4.html

2016年-2017年通算18作目『ROCKA BULUES & ROLL;転依』
2017年通算19作目『Buddson&Sons;慈慧と詩歌』
Amitahouse Main Temple Studioに於いて制作中。

RECORDING 2008-
/レコーディング:作品製作
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-248.html


OfficeAmitaHouse

VOW BREATH PRODUCTIONS


「ENBAN:縁絆コンサート

エンドレスツアー」
(2010年から「ENBAN Massage Act Collection」のひとつになる)
は、日本国内外のさまざまな人々から、その立場を越えて、様々な形の支援と協賛を得て、スタートから一貫して入場無料・全席自由のスタイルで開催が継続されている。






      ★★★★★★★★★★★★★★★★


【私は、浄土真宗本願寺派の僧侶であり、ソング・アンド・ボウズマン(歌うお坊さん)として独自の音楽活動をしている。俗に「二足のわらじ」というが、自分自身では使い分けている意識はなく、ベースは同じ表現者であると思っている。】
日本経済新聞(署名原稿)
2004年5月10日配信(文化欄)

      *********


【僧侶と音楽家。
『二足のわらじ』という人もいるが、私は呼吸と思っている。息を吸っているときは仏教の心を吸収し、息を吐くときは歌となって出ていく」
音楽で表現するもの。仏教で表現するもの。それはいずれも「和の精神」であり、「命の尊厳」だ。】
(文 田中夕介)
産経新聞
2004年6月10日配信(全国版)

        *********


『北條さんの声と歌に、言葉よりも音楽の方が心に浸透する力が大きいことを実感させられてしまった。これは、現代の和讃ではないか。
つまり、今の言葉で、今の音楽で綴られた仏教讃歌だと感じたのだ。
新しい文化の誕生と言ってもいい』。
(メッセ-ジ フロム 
三國 連太郎 1994年)

      *********


『僧侶・北條不可思の歌を聴いた。
人生の謎と美と真実に一歩でも近づこうとして疾走する、一人の男の歌を聴いた』。
(メッセ-ジ フロム 
新井 満 1994年)

      *********


推薦文
わが宗門より仏様のおこころを
歌にのせて一人一人のいのちへ語りかける青年僧侶が登場しました。
仏様の限りない呼び声に老若男女を問わず誰もが
いのちの尊厳に聞き入ることであります。
どうぞ一人でも多くの方へお伝え下さい。
浄土真宗本願寺派
総長 松村了昌 
1994年 平成6年4月6日

 *********************
     
★ 女性自身 光文社 
平成13年3月20日号
お経ではなく歌でメッセージを伝えるボブ・ディラン坊主こと
蓮向寺住職北條不可思さん。
脳性マヒの長男慈音くんと奏でる"命の讃歌"----。 
《本誌リードより》

*********************

メッセージコンサート、音楽講演、CD作品等の、商業的派手な宣伝、告知、広告、などは行っておりませんので、ホームページ等でご確認頂き、ご来場、ご購入いただければ有難く存じます。
*********************

(Contact Us/ 連絡・問合せ )


E-MAIL 
amitahouse@jcom.home.ne.jp




*********************
 
北條不可思 代表作の1曲

遊牛の詩/ゆうぎゅうのうた ↓ ↓ ↓
作詩・作曲・歌 北條不可思
演奏・北條不可思とカノ・バンド
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-221.html


:作詩作曲 北條不可思
(http://fukashihojo.com/)
 
1996年作 1998年発表 2006年再発表 2009年再々発表 
from Jion Music Factory:Office AmitaHouse;
Produced by GURAGYU(愚螺牛)


(facebook・フェイスブック)
https://www.facebook.com/
fukashi.hojo

『遊牛の詩』は、
Song&BowzuMan
"歌うお坊さん"北條不可思の代表作の一曲。

― 善人なほもつて往生をとぐ、

   いはんや悪人をや。―

世界的に知られる
親鸞聖人語録「歎異抄」
第三条の言の葉の放つ響きと
重度障害を持つ、息子・慈音との
生活の中からインスパイアされ
生まれ出でた詩曲。
北條不可思にとっての
Like A Rolling Stone(BOB DYLAN)であり
恩徳讃歌でる。
もはや、歌とは言えないのかもしれない。


遊牛の詩 (以下歌詩掲載)

『遊牛の詩』
詩/曲 北條 不可思
浄土真宗本願寺派:西本願寺
僧侶:シンガー・ソングライター

08.20.1996

*善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
+++++++
自由だ平和だ人権だと騒ぐ前に我々は何をしてる
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい

**毎日何かの命を喰らって生きてるくせに
 人間だけが一番エライと講釈、講釈たれる
ねずみに勝利を渡す牛になりたい 
ねずみに勝利を渡す牛になりたい
悠々と歩む牛になりたい 
悠々と歩む牛になりたい
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
+++++++

明日ありと思う心の浅はかな愚かな己の精神よ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
福祉だ教育だ環境だと騒ぐ前に我々は何をしてる
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
毎日何かの命を喰らって生きてるくせに 
人間だけが一番エライと講釈、講釈たれる

ねずみに勝利を渡す牛になりたい 
ねずみに勝利を渡す牛になりたい
悠々と歩む牛になりたい 
悠々と歩む牛になりたい

Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
*善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい

善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい
善人なおもて往生す 
ましていわんや悪人はなおさらだ
Oh My Son このメッセ-ジが聞こえるかい

MUSICIAN

Guitar(acoustic&electric) 
Vocals-Fukashi Hojo 
Harmonica-Shaku Nanshi

:FUKASHI HOJO&CanoBand:
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-221.html


Produced by GURAGYU:愚螺牛

Copyright © 1996,
renewed 2009
Special JION Music

Amitahouse&GURAGYU PRODUCTIONS


inspired TANNISHO
http://plaza.rakuten.co.jp/
fukashihojo/diary/200605030000/
Tannishō
【From Wikipedia;English」】
http://en.wikipedia.org/wiki/
Tannish%C5%8D
Copyright © 1996 Special JION Music

北條不可思 縁絆コンサート:フォトドキュメントリスト
ENBAN "縁絆" concert endlesstour PhotoDocumentaryList
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-193.html
野聖物語:眞信讃歌2009~http://
fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-311.html
Produced by GURAGYU
*
MUSICIAN

Guitar(acoustic&electric) 
Vocals
Fukashi Hojo 

Harmonica-Shaku Nanshi

(CANO BAND)
Bass(wood&electric)
Yoichi Fujisaki
Drums(percussion&Bell)
Shoichiro Aso
Keyboards (piano&organ)
Yusuke Nakagawa


Produced by GURAGYU

Copyright © 2007
Special JION Music

Fantasia Records de JION MusicFactory

FUKASHIHOJO SONGS
http://fukashi.blog50.fc2.com/
blog-entry-180.html

in association with 
ENBAN FUKASHI-NO-KAI
OfficeAmitahouse&VOW BREATH PRODUCTIONS

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